家具雑貨工房 ki-kiru(きーきる)

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お母さんの机

お母さんの事 9

「よしのちゃん、お母さんなんかおかしいよ」

私は父の時とイメージが重なっていたので、その旨を伝え今起きた事を説明しました。

ですが、彼女は日常的にせん妄状態のお母さんを見ているせいか、私の危機感とはかなりギャップがありました。

何より、お母さん本人が「何ともないよ」と右手をつねりながら平静を装っていたのです。


床に落としたままの色鉛筆がありました。


私は何とも言い難いこのモヤモヤした伝わらなさに業を煮やし、とにかく電話をするように促しました。


「電話って、どこに電話すればいいの?」

「そりゃ、病院だろ」

そんなやり取りの後、彼女はいつも人工透析でお世話になっている大樹町の掛かり付けの町医者に電話をかけました。

ひと通り説明すると「とりあえず、連れてきてみなさい」とのこと・・・

お母さんは自分の支度をして、私は車を用意するため先に外へ出ました。

玄関先へ車をつけると、お母さんは彼女を待たず一人で降りて来ていました。

私がお母さんを迎えにいくと、もう明らかに普通ではない事を感じました。

声をかけても頷きはするのですが、言葉を発しません。表情も険しくなってゆく一方です。

少し遅れて来た彼女もにわかにただならぬ状況を理解しはじめているようでした。

家を出てすぐに信号で止まったのですが、私は赤信号だからといってこんな所で止まっていて良いのだろうか、と自問しながら助手席のお母さんとその後部座席にいる彼女をチラッと伺いました。

沈黙の中、信号が青を灯し大樹町へ向かいます。

病人を乗せた車なので気遣い、ゆっくりと進めましたが大樹町の病院までは20kmはあります。私はだんだんとアクセルを踏み込みました。

彼女が、「母さん、大丈夫?水飲むかい?」と、肩の辺りをさすっているようでしたが、お母さんは返事をすることもなく真っ直ぐ正面を見据えたままでした。


国道を北上し、野塚を過ぎた辺りの真っ暗闇の道を走行している頃、「ピュー,ピュー」と聞いたこともない音が聞こえて、お母さんの変化に気が付きました。

後部座席から彼女が何か言葉を発しながら、お母さんを抱きしめるように両手を廻していました・・・

お母さんは震えているとも違う、小さく暴れているように見えました。


痙攣が起きていたのです。

既に呼吸困難に陥っており、先ほどのおかしな音は、食いしばり、ぎゅっと結んだ唇からやっとの事で息を吐き出すお母さんの悲鳴でした。


体が硬くなってのけぞるように足を突っ張らせ、右手がシフトレバーのあたりをバンバンと叩くように上下して、ビュービューという音も、より激しく唸り声のようになって行きました。


彼女も混乱しているはずですが、落ち着いた、少し震えた声で「タオルか何か口にくわえさせるものないかな・・・」と言いました。


私は右手でハンドルを握り、左手でお母さんの手を押さえながら、「雑巾くらいしか無いな」と言いましたが、舌をかまれては元も子もないので雑巾でも手でも何でもいいから口に入れてしまえ、と考えました。

彼女は、お母さんの唇をこじ開けて、やっとの思いで指先だけ差し込んだようですが、お母さんの食いしばる力は信じられないほど強く、タオルが入る余地などなく、私たちがどうにかできる状態では既に無かったのです。

私は電話でこの状況を医者に伝え、救急車を呼んでおくように彼女に言いました。

彼女は、何と説明すれば良いか分からない様子だったので、「てんかん」のような状態だと伝えるよう促しました。



真っ暗闇で、時々すれちがう対向車のライトがお母さんの様子をフラッシュのように写します。

ドタバタと、大きく体を痙攣させながら両目をひんむき、呼吸困難でびゅうびゅうと、恐ろしいような息をするお母さんがそこにいました。

私は更にアクセルを踏み込みました。メーターは130km辺りを指していたよう気がします。信号機も徐行して全て無視しました。

この車を止めようとする者がいるならば、それが警察であろうが何であろうが従うつもりはありません。

病院に着くまでは・・・

現実とは思えない、先の見えない闇の淵へどんどん吸い込まれていくような感覚。
この狭い空間にはまぎれもなくお母さんと私と彼女の三人しか居なくて…。

そしてきっと聞こえているはずだと信じ、「お母さん、もうすぐ着くからね、もう大丈夫だからね」と、大丈夫なのかどうか何の根拠もなく声をかけました。

彼女も、繰り返すように同じ言葉をかけましたが、私たちが出来ることはもうそれくらいしか無かったのです。


「ああ、人の死の瞬間なのだな、たった今この車の中でその瞬間に立ち会うのだな」
と、妙に冷静に心の中で思う、もう一人の自分がいました。

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