家具雑貨工房 ki-kiru(きーきる)

木の家具や雑貨は見えない部分が肝心です。隠し事はありませんよ、全て公開しています。
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お母さんの机

お母さんの事 22

ある日突然、不自由になったお母さんのその姿を形容する言葉は私には見つかりません。

自分の右半身が麻痺している事も理解できているのかどうか・・・


そんな心配をよそに、お母さんは少し体力が戻ってきたのかいたずらをするようになりました。

栄養給与の為、鼻から管を通し直接胃へ送り込むチューブが入っているのですが、お母さんはそれがいやで動く方の左手で、自分で抜き取ってしまうんだそうです。

それを看護士がみつけると 「アンッ、もうっ!」と、あからさまに怒りをあらわにするほど、その後の処理がたいへんなのだそうで・・・

とうとう左手までミトン(指なし手袋)を付けられベットのフェンスに縛りつけられてしまいました。

本人のためですが、身内にとっては正直受け入れがたい処置でした・・・


見舞いに行けば辛い事ばかりに出くわしますが、そうでない事もあります。


長男のお嫁さんが毎日お世話に来ているのですが、これがまたよくできたお嫁さんで、何時も明るくお母さんに話しかけます。

「お母さん、口から食事がとれるようになったら鼻の管も取れるって看護師さんが言ってたよ」

と、言うとお母さんは「うん」と頷きます。

いつもでは無いのですが、返事ができるようです。

ただ単に「うん」と頷くだけでそこに居た私達はお互いの顔をみて「今、頷いたよね」と喜びました。

何かの偶然で頭が動いたのかも知れませんが、それだけで私たちは救われた気分になりました・・・




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お母さんの机

お母さんの事 21

右半身不随と全失語・・・

私は失語症について事前にネットで調べてありました。

お母さんが「痛っ」と色鉛筆を床に落としたまま、つねったり、さすったりしていたのが右手だったので、その時から疑っていたのが左脳の梗塞でした。

ですから、その場合の後遺症について気になっていたのです。


失語症の型は大きく分けて4つあるそうですが、この段階で担当医の診断は話す聞く読む書くが出来ない最悪の「全失語」でした。

担当医の説明が終わり、部屋の外へ出た彼女が開口一番に

「あいつは、私の希望を全て否定した。悔しい。」

と、今まで見たことも無い表情で言いました。


それでも、私達は現状を受け入れる他ありません。いくら悔やんでもお母さんに言葉が戻ることは無いでしょうから・・・

しかし、失語症は4つの型があると言うものの100人いれば100人全員の症状が違うとも書いてありました。

担当医の説明ではその事に触れていませんでしたが、私は言葉が通じなくても相手を思いやる気持ちがあればきっと、お互い理解しあえる。又、そんなコミュニケーションのとり方が自然と身につくのではないかと思いました・・・


以来、私は仕事が終わると一言でも声をかける為に病室へと足を運びます。

どこか別に用事があったにしても、とりあえずお母さんの顔を拝まなければ自分自身に対し何か後ろめたささえ感じるようになっていたのです。

数日経つと彼女も仕事に復帰して広尾町に戻っていましたから、近くにいる私がお母さんの様子をカメラで撮りメールで送ることが役目となってゆきました。


お母さんの机

お母さんの事 20

脳梗塞の診断結果は唐突ではありませんでした。


それは出血が確認された日の前日、まず朝から付き添いをしていた私の彼女と、弟さんのお嫁さんがお母さんの変化に気が付きました。

朝の内はさほど気になる事も無かったようですが、時間がたつにつれ次第に言語障害の症状が悪くなっていったそうです。

朝よりも昼、昼よりも夕方と刻々と言語があやしくなって、特徴的なのが

「母さんね、母さんね、母さんね・・・」

と、何度も何度も同じ言葉を繰り返していたそうです。

そしてその事を看護師を通して担当医に伝えようとしたのですが、「ドクターは今カンファレンス中の為、お伝えする事ができません」との事・・・


数時間後カンファレンス(会議)の終了を待って、担当医が現れました。

しかし、その若い医者はお母さんには見向きもせず、私の彼女とお嫁さんに向かって話をはじめたそうです。

「今朝CTを撮りましたが、出血は確認されませんでしたから」

機械のような冷たさで、その若い医者が白衣から私服に着替えて肩から鞄を下げて、まるで早く帰らせてくれないかと言わんばかりにそう応えたそうです。 ※あくまでも私達の主観です。

私の彼女は「絶対におかしいんです」と食い下りましたが担当医の対応は変わらなかったそうです。

「そんな事を言われても困ります」

担当の若い医者はそう言い、最後までお母さんに一瞥もくれず、こちらの訴えは軽く受け流された格好でした。


医師不足、過酷な勤務環境・・・報道などに見る酷な状態は理解していますが、でもそれはあちら側の事情・・・

ここに居れば安心だと、ここ以上に安全な場所は無いと信じていましたが、それは私の勘違いだったのかもしれません。

私は印刷業界に永くに身を置いていますが、かかわる全員がプロの集団でなければ顧客に対し背信です。ですが、実際にはそうではありません・・・

全幅の信頼を寄せられる者とそうでない者。どんなに設備が進歩しても最後は個人のやる気、性格、感性に左右されます。あくまでも主観ですが、医師にもそういう事があるのでしょう。


そんなやり取りがあった翌日、この日は会社に出勤していた彼女に病院から電話がありました。

「先生がお話があるので今日来られませんか?」

元々はその翌日に説明の約束があったので、私の彼女は何か変だなと察したようです。

「すぐ、向かいます。」と言い、会社に事情を話して病院へ向かいました。


彼女が一緒に立ち会ってほしいと、集まった弟さん夫婦と私達が通された病院の小さな部屋には、昨日鞄をぶら下げて憮然とした表情で帰っていったあの医師が机の向こう側に座っていました。

パソコンのモニターに頭部の画像が用意されていました。

「今朝、大きな痙攣がありました。その後のCTで左脳に梗塞が認められました。この左側の色の変わっているところが梗塞の部分で、かなり大きなものです。後遺症としては右半身の麻痺と失語症です。失語症というのは、しゃべることが出来ない、こちらから話すことも理解できない、言葉という概念そのものが解らないと思っていただいていいと思います、残念ですが。」

私は失語症について少し予備知識があり質問しました。

「失語症はいくつか段階があると学習しているんですが、母はどのくらいだと考えればいいですか」

と、尋ねると「全失語です」と答えました。



彼女は、あの時もっともっと強く訴えて、無理にでも検査してもらえば…と悔やみました。



お母さんの机

お母さんの事 19

数日たって、お母さんは状態が安定したとあってHCUから一般病棟へ移されていました。

仕事を終えて病院へいくと弟さん一家と彼女がお母さんのベットのまわりを囲んでいました。

私はそこにいる皆の笑顔で迎えられ、お母さんの近くへ来るよう促されました。

彼女がお母さんに「まあちゃんが早く気が付いたから助かったんだよ」と言いながら手の甲を擦ります。

お母さんが体を起こすように「ありがとう、ありがとう」と、いつか聞いた時と同じように「ありがとう」を二度繰り返しました。

皆が申し合わせたようにニコニコと「よかったね」と声をかけます。


私もお母さんの手を握りながら笑顔で「よかった・・・」と言いながらも、少し違和感を感じました。

お母さんは身振り手振りを加え色々と話をしたり笑ったりして、あの夜を思えば比較にならないほど回復しているのが分かりますが、誰と喋ってもなかなか話がかみ合いません・・・

時折、声は出ているものの言葉がまったく理解不能で、それでも何かを説明するように手振りを加えている様子を見ていると私は悲しいものを感じました。

投与している薬のせいだとの事ですが、硬膜下血腫の手術をする以前の状態と同じかそれよりも悪くなっているような感じがします。

痙攣を抑える薬のせいなので以前と比べることはナンセンスなのでしょうが、私が感じたものは「悲しさ」でした。

私も他の親族たちと同じくニコニコと接しましたが、おそらくは予定調和と言うか同調というのか、つまりそうする他なかったのでしょう。


更にその数日後、CTでお母さんの左脳に出血が確認されました、危惧していた脳梗塞です。

お母さんの机

お母さんの事 18

仕事が定時におわり、私は病院に向かいます。

病院では既に彼女と弟さん夫婦がが待っていました。

お母さんはHCUに移されていたので、面会が出来ないわけではないのですが完全に管理されたなかですので時間を合わせ、落ち合うことになっていたのです。

担当医の説明があるため、その準備があり私たちはHCU用の待合室に1時間ほど待たされていました。

10畳ほどの待合室はソファーやテーブル、床の間などがあり長時間そこで待つ為の用意が整っています。

この部屋にはこれまで沢山の利用者のそれぞれのドラマがあったのでしょう。


看護師が来て私たちを呼びました。

シェルターのような頑丈な扉を開け中へ入ります。

脳神経外科病棟のHCUは薄暗く全体が赤っぽく見えます、たぶん夜だったことは関係ないのでしょう。

お母さんは一番奥のベットでした。

担当医の説明がひとしきりおわり、その後少しだけお母さんに声をかけたり体をさすったりする時間がありましたが、反応はにぶく、目はうつろな状態です。

痙攣を抑制する薬を投与していて、その作用で意識がもうろうとしているのだと説明がありました。

この日もCTを撮りましたが出血は確認されていません、このまま何事も無く退院できないものかと誰もが考えたと思いますが原因が分からないのではスッキリいきません。


介護で疲れきっていた彼女がまた一回り小さく見えました。













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