家具雑貨工房 ki-kiru(きーきる)

木の家具や雑貨は見えない部分が肝心です。隠し事はありませんよ、全て公開しています。
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日記

不思議な事がありました。

先日、私の稚拙なこのブログにアート・建築・デザイン本マニア運営事務局という聞いた事も無い人達からこんなコメントが届きました。

この度は、「torayoshiのブログ」さんのブログを拝見させて頂きまして、
我々のウェブサイトとの相互リンクをして頂けないかというお願いでご連絡を差し上げました。
『アート・建築・デザイン本マニア』におきましては、「厳選!ハンドメイド小物関連ブログ」の1つとして「torayoshiのブログ」さんのブログをユーザーさんに役立つブログとして事務局にて厳選させていただき、既に紹介させて頂いております。


気になってこのサイトに行ってみたのですが、私にはこのサイトの価値があまり分かりませんでした・・・

それはさておき、私が展開しているこのブログはいかにも自己満足の世界であり、作り方なんて木工サイトの先輩諸氏に丸投げ状態なのです。

それに、「お母さんのつくえ」をはじめ、木工には全然関係のない記事の方が多いんです。

ですから、「ブログを拝見」とか「厳選」とか本当はしていないんじゃないかと・・・


「厳選!ハンドメイド小物関連ブログ」に紹介された事によって「torayoshiのブログ」が今後どうなって行くのか分かりませんが、私自身が手本にした木工の先輩諸氏になにか恩返しができればと思い相互リンクさせて頂くことになりました。

これまで私のブログにはリンク相手がいなかったのですが、以上の事から何時も励ましを頂いている手作り工房saule vert(さうるばーと)さんにリンク第1号をお願いし、快諾を頂いた次第です。

多分なにも変わらないと思いますが今後とも「torayoshiのブログ」を皆様どうぞよろしくお願いします。

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日記

万能機がありました。

出会いがありました。


仕事が終わり、いつものように駐車場へ向かい歩いていると「ジャーン」と、大きな音が聞こえました。

聞き覚えのある音・・・これはまさしく、丸ノコで木を切る音ではありませんか!

引き寄せられるようにその音の方へ向かうと、そこにはガレージの中で木工をしているおじさんがいました。

私は通り過ぎるようにゆっくり歩き、チラチラっとガレージの中を観察しながら素っ気無くやり過ごすつもりでいたのですが、古びた機械が目に飛び込んできてその瞬間ピタっと足を止めてしまいました。

作業をしていたおじさんもピタっと手を止めて私たちは ほんの少しの間、見つめあいました。

私「なんか作ってるんですか」

おじさん「あ~、なんか用かい」

おじさんは、突然私が足を止め唐突に話しかけたので面をくらった感じ・・・

私は、自分が木工に興味があり、仲間を求めるように立ち止まった旨を説明すると、どこか安心したようにペラペラと話し出しました。

おじさんの話を要約するとこうです。

自分はここの場所と道具を持ち主から預託されて、今は自由に使っている。
更に、15年ほど前まで建具屋があって当時は7・8人の職人が働いていた。そのなれの果て、なんだそうです。

私の勤める会社の、こんなすぐ近くに建具屋があり職人が腕を振るっていたなんて、まったく「元暗し」でした。


それはそうと、目に止まった機械について「これまだ使ってるの?」と眉間に深いシワを刻むと。

おじさん「ああ~欲しいなら持ってっていいよ」

と簡単にいうのです。

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これは、手押しカンナ、自動カンナ、昇降盤が一体となった昔の万能機でした。

只今の私の欲しい機械の全てが棚から牡丹餅、と言うかヒョウタンから駒と言うかそんな感じだったのですが・・・

如何せん、状態が悪すぎます。

私事、木工は素人ですが仕事で紙工を20年以上やってきました。機械を見る目ぐらいあります。

ん~、なんとも残念。15年前にあなたに会いたかった・・・・






木工製作記

夕焼けと網戸

夕日がとても綺麗だったのでおもわず車を止めて撮りました

画像 002

ある日の広尾町の夕焼けです、写真で伝わるかな~


仕事に忙殺されて、なかなかブログを更新できずに悶絶していました。

そんな中でも少しだけ木工していました。

画像 003

これは、網戸です。

彼女の家には網戸が無く、困っていました。

北海道の夏はなめちゃあいけません、なんせこの地方は冬30度、夏も30度がうたい文句です。

でもこのごろは少し変わってきて、冬にマイナス30度はメッタニ無く逆に夏は30度以上になる事は多くなっています。

この日も最高気温は34度でした。


訳あってこの網戸、ごく簡単な造りにしました。

ですが、近所のアルミサッシ網戸と見比べても私のが木製だとは分からない仕上がりです。

視力の問題かな・・・

お母さんの机

お母さんの事 7

退院後、はじめての診察がありました。

平日なので、私は帯広で仕事です。彼女は広尾町で仕事・・・・

この場合当然彼女がお母さんをつれて帯広の病院へ行くのが恒例ですが、緊急入院~手術があり会社に迷惑をかけることが連続していたので、今回だけは私にお願いできないだろうか・・・との相談がありました。

私からみて、普段から彼女はかなり真面目に仕事に取り組んでいたので、親の面倒をみる時くらい堂々と会社を休んでも良いだろうに…と思いました。しかし、会社のことはさておき同じ職場で働く“人”を思うと、むげに断る訳にもいかないな、と考えました・・・

私は仕事を終えると広尾へ向かいました。

お母さんの術後の症状は日に日に良くなっているようで、発する言葉もしっかりしています。

せん妄(幻聴幻覚)も現れていないようでした。

翌早朝出発。見送る彼女をあとに帯広へむかいます、診察の時間には早すぎるのですが私も勤めがあるので遅刻はできません。

ですが、診察時間のずーっと前からお母さんを一人で病院においておく事もできないので、ひとまず帯広のお母さんの実の妹、紀子おばさん家に送り届けます。あらかじめ付き添いをお願いしてありました。バトンタッチです。

余談ですが、その紀子おばさんと呼ばれるノリコさん・・・後で知ったのですが実は紀江(のりえ)というのが本名なんだそうです。

お母さんはじめ、親戚の皆さんはみんな(のりえ)おばさんの事を(ノリコ、ノリコ)と呼ぶんです。

なぜ、(のりえ)なのに(ノリコ)と呼ぶかというと、単にノリコの方が呼びやすいからなんだそうです。

ズッコケちゃいますよね・・・


仕事が終わり紀子おばさんの家に行くと、支度をしたお母さんが待っていました。

紀子おばさんは私に「ありがとうございます、お姉ちゃんをよろしくお願いします」と言い見送りました。

この姉妹は、私の感覚では信じられないほど仲が良く、どうしてそんなに仲がよいのか、子供の頃どんなエピソードがあるのか興味が沸き、お母さんに伺うと広尾町までの長い道中、私たちの会話が途切れることはありませんでした。

更別町あたりで私がトイレタイムをとり、更別の道の駅で休憩です。

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助手席側外にお母さんがわずかに写っています。

お母さんは透析患者でもあり、水分の摂取に制限があるために尿意を覚えることはあまり無いのですが私と同時に車を降りました。

私がアイスが好きなのを知っていて、道の駅のソフトクリームを買ってあげようと思ってくれたようです。

でも時刻は午後7時過ぎ、店舗のほうは閉店していてお母さんに無駄脚を踏ませてしまいました。


午後8時頃彼女の家に到着。

「ありがとう、ありがとう」と感謝されるのは気分のいいものでした。

お母さんの机

お母さんの事 6

彼女が出勤して、私は木工をはじめました。

電話台を作り始めていましたが、その前にお母さんの部屋の押入れに設置する棚を作ります。

SPF材の2×4の柱に大入れで1×4の棚板を組みます。

まずは棚板の板ハギををしましたが、案の定失敗です。

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写真では分かりにくいと思いますが、目違いとソリがひどく、使い物にはなりません。

雇いサネ接ぎにすれば良かったのでしょうが、時間もなく安易に芋ハギにした事も相まって悲惨な事態になってしまいました。

技術も無いのに4枚ハギに挑戦したのも、まったく無謀だったのでしょう。

今回は板ハギを諦めてスノコ状に変更です。スノコといっても、あの隙間はありません。

単純に、板をピタッとくっ付けて裏側から桟で止めただけです。



不意に「ピンポーン」と鳴って、誰かが来ました。

「は~い」と出てみるとそれは女性の介護ヘルパーさんでした。

その人は男の私が家の中にいたのでビックリしていました。

お母さんが何かを察知して「義理の息子です」と私の事を紹介しました。


お母さんは既に日常生活も困難な状態でしたから、私の彼女が介護ヘルパーを定期的に頼んであったのです。

私では役不足なのは否めませんが、男の私では手伝えない事も多いのです。


お母さんとヘルパーさんが、奥の部屋でずうっと談笑していました。

私は良いヘルパーさんが担当してくれて安心だな、と思いながら木工を続けています。

電動ドリルでコースレッドを打ち込んでいたらまた「あっはっはっは」と大きな笑い声がきこえてきました。

その直後に「あなた、今日は随分笑うねぇ」とお母さんの声が聞こえました。

その介護ヘルパーさんはきっと、普段は居ない私の事を意識して、いつもとは調子が少し狂っていたのでしょう。

私は、その介護ヘルパーさんが良い人であることを祈りました・・・


程なく押入れの棚は完成しました。

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未塗装ですが、このままで使用します。

今回も板ハギに失敗したり大入れのミゾが広すぎたりしましたが、これも勉強です。

でもスッタモンダした割には完成の見た目はきれいに感じました、これと同じ物をあと三つ作る予定なので今回のものは試作品と言う事にします。

お母さんの机

お母さんの事 5

お母さんが帰って来ました。

まだ、抜糸もしていない状態で安静が必要ですが、私の彼女は出勤です。

大会社の社員や公務員なら介護休暇などを取得すれば良いかもしれませんが、こんな田舎の中小企業の社員ですからそんな訳にはゆきません。

色々な休暇制度はありますが、運良く取得出来る人は稀です。

自分の事だけ考えて、無理矢理取得することも出来るのでしょうが現場の人たちの苦労を思うと、当然の権利を主張するのもエネルギーが要るのです。


一方、私の勤める会社には指定休日という経営者側に実に都合の良い交代休暇があり、時々仕事の都合で平日が休暇になることがあります。

たまたま、お母さんが帰ってきた直後にその平日休みがまわって来たので、この時ばかりはこちら側に良い結果となりました。

会社で働く部下たちには、「何かあったら、いつでも電話して良いからね」と伝えておきました。


朝からお母さんと二人っきりです。

あらかじめ、私は木工の準備をしていました。

お母さんの部屋が相変わらず片付かない状態だったので、押入用に棚を作るんです。

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