家具雑貨工房 ki-kiru(きーきる)

木の家具や雑貨は見えない部分が肝心です。隠し事はありませんよ、全て公開しています。
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お母さんの机

お母さんのつくえ 31

すったもんだして、やっと私の工房ができました。

工房と言っても、たった一坪。 しかも、その3分の1はタイヤや行楽用品などで埋め尽くされています。

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作業場は、ほんのわずか・・・

それでも贅沢はいえません。ここならば、おが屑出し放題の加工し放題です。

もしかしたら、昼間ならば電動工具だって使えるかもしれません。

早速、木工開始。

午前中から始めて、夕方までビッシリ鋸をひいていました。

途中、誰かが物置のドアの向こうで立ち止まり、こちらの様子を伺っている気配が何度か感じられました。

私の彼女ならば、なにか一言くらい声をかけてもよいはず・・・

後日分かったのですが、私の様子を伺っていたのはT村さんの奥さんでした。

T村さんの奥さんは、私の彼女にその日のことを話していたそうです。

 「あんたの彼氏まめしいわ。一日中、物置でなんか切ってたわ。うちの旦那なんか休みの日なんか、なあんもしないもん」

と、言っていたそうです。

 「まめしい」と言われ、私は「あっ、やっぱり近所迷惑だったかな」と思いました。

いくら、手鋸でやっていてもそれなりの音が漏れてしまいます。

それが一日中ですから、「やっぱり、言われたか」と思いましたが、実は反対で・・・

「まめしい」とは「ほね惜しみせず、よく働く様」の意なのだそうです。

同じ北海道の十勝に住んでいて、なかなか伝わらない言葉ってあるもんだな、と思いました。


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左上が私の彼女の家、その下がN村さん、右がT村さん。









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お母さんの机

お母さんのつくえ 30

「ヤバいっ」

と思いました。

なぜそんな過剰な反応をしたかというと、新しく引っ越してきたこの公営マンションには、とてもウルサイ人がいるのだと何度も聞いていたからなのです。

どんな塩梅かというと・・・

「階段の電気がつきっぱなしだ!」とか「除雪の時は車をどうにかしろ!」だとか・・・

いちいちピンポンを押して、玄関先でクレームを言ってくるのだと、私の彼女がこぼしていたのです。

そのウルサイ人というのは1階のT村さんの奥さんでした。


私は人気に気付いた瞬間、ゆっくりと振り返りました。

ゆっくりと風景が動き、視界のギリギリ左端におばさんの姿が認識できたその刹那。

「ヤバい、気後れしたら負けだ。先手必勝だ。」とか、

「最初の一言が肝心だ、下手にでたらダメだ」などと一瞬の間に、あれこれと考えました。

そして、視界の真ん中にT村さんの奥さんが入ったと同時に私の口から

「迷惑でないかい?」と、出てきました。

きっと、鬼のような顔をしていたと思います。私は作業に集中している時は、いつもそんな顔をしているのです。


すると、T村さんの奥さんは「な~んもさぁ、あんた全然気にするんでなぁい」と広尾の独特なイントネイションで、しかもニッコリとしながら言いました。

私は「よし、勝ちだ。いや、勝ち負けではない、正解をひいたのだ」

などと他の誰にも理解されないような事を考え、胸を撫で下ろしました。

さらに、何かを嗅ぎつけたように別の住人N村さんのおじさんが突然現れて・・・

「あんたは、いい道具をもっているなぁ」

と感心するように腕を組んで近づいて来ました。



ひとしきり、どうでもよい話をして散会・・・自己紹介など一切なし。

特に意味も無いような会話の端はしに、お互いに敵意はない、これからヨロシクネ、などの意を感じ取りここのオリエンテイションが終わりました。


私は物置の防音をなんとなく施し、部屋に戻りました・・・


彼女に事の一分始終を話して、非常に穏やかな雰囲気だったと報告すると

「まあちゃんは凄いね、どうしてそんな事ができるの?」と、ビックリするように言いました。

物置の防音の事ではありません。

私の彼女はこちらに引越して来てから、ここの住人、特にT村さんの奥さんとの付き合い方にかなり神経を尖らせていたのでした。

彼女自身も、芽室町の農家出身の田舎者ですが、ここは気も言葉も荒い漁師町。

おなじ田舎の人でもカッテが違い、馴染めずに悩んでいたのでしょう。

ところがドッコイ、私はその第一関門を難無くスルリと突破してみせたのです。

彼女は私のその才能を、明らかに羨望の眼差しで見つめていました。

お母さんの机

お母さんのつくえ 29

待望のゴールデンウィークがやって来ました。

今までは茶の間で木工作業をしていましたが、当然そんな事をいつまでもやってはいられません。

私が木を切る度にお母さんは「コンコンッ」と小さく咳きをします。

私は彼女と相談して物置を工房として使えないか検討をしていたのですが、他に何処かあてがあるわけでもないので物置でやる事に落ち着きました。

彼女の部屋は2階ですが、物置は1階にあり、音は今まで以上に外へ漏れてしまいます。

できれば、誰にも気づかれず作業をしたいと思っていました。

電動工具もそのうち使いたいと考えていたので、防音についてイロイロと調べていました。

検討の結果、壁に石膏ボードを貼ることにしました。

私はこの頃、近所付き合いを全くしていなかったので出来れば、このまま誰とも関わりたくないと考えていたのです。

だって、私は単にここに遊びに来る彼氏にすぎない…
と、思っていたのですから。

石膏ボードを壁に張り付けようとしたら、そのままでは取り付けられない事が分かりました。

備え付けの棚などがあり、その形にボードを加工しなければピッタリとならないのです。

仕方なく、外へ出て手鋸で切り落とすことになりました。

外に誰もいない事を確認して、素早く作業を終わらせたい。

チャチャッと準備をして、墨線に鋸を入れます。

相手は石膏ボード。簡単に切れるのですが、白い切り屑が結構大量に出るのでした。

「ああ、こんなにまき散らしたら苦情がくるねぇ」

と、考えていたら背後に人気を感じました。

「ヤバいっ!」

お母さんの机

お母さんのつくえ 28

次の日曜日・・・・

側板等、そろそろ部材も揃ってきた頃でした。

私は引き出しの構造を擦り桟にするか、スライドレールにするか迷っていたので、彼女とお母さんに要望を聞くことにしました。

すると、お母さんが間髪いれず

「スライドレール!」と言ったのです。

そして私の彼女が

「お母さん、どうしてスライドレールのこと知ってるの?」

と、ビックリするように言いました。

私も同じ気持ちでした.
70過ぎの年寄りがそんな横文字の金具のことを知っているわけがない。

もし、どこかでそんなレール付の引き出しを見たことがあったとしても、スライドレールという単語を聞いてすぐさま「コレがいい!」と反応するわけが無いと思っていたのです。

一瞬、お母さんの少し離れた両目を見つめました。

その目はすべてを理解している、そう言う目をしていました。


そんなわけで、スライドレールを使用する事になったのですが、如何せんこんな田舎ではそんな物がすぐ手に入る訳もなく、机の制作は一時中断です。



外はすっかり春めいていて、山ではツツジが咲き始めていました。

私たちは気分転換を兼ねて近所の「障害者の森」という公園に出かけました。

車を駐車場に停めると、少し離れた所でツツジの花が咲いていました。

歩けばすぐそこなのですが、そんな距離でもお母さんにとっては自力で行くには難しく、

「母さんは、ここで待ってるから二人で行っておいで」と言うのです。

私はどうしてもあのきれいに咲いているところを見せてあげたくて、

「お母さん、俺におぶさって。一緒に行こう。」

と、お母さんの足元にしゃがんで促しました。

「あら、いいねそれ。母さん、おんぶしてもらったら?」と私の彼女が言いました。

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お母さんは実の息子さんにもおぶって貰った事がないと、スゴく照れくさそうでした。

後日知ったのですが、実はこの時かなりアバラのあたりが痛かったらしく、肋骨にひびが入ったのかも…と私の彼女がそっと耳打ちしました。

お母さんの机

お母さんのつくえ 27

結局、4本の脚を切り終えたのは翌週の日曜日でした。

一日中同じような姿勢で単調な運動をした事で足腰と両腕が疲労しきっていました。

大工道具専門店の店長の言葉を思い出しました。

『お客さん、手鋸でそんな事したら腕がパンパンになりますよ』

店長の言うとおりでした、ご教授有り難うございました・・・

段欠きとテーパーカットを終えた部材を見ると、切り口が荒れていました。

早く切り終えたいと、あせって力が入ったのでしょう。墨線から外れそうになって修正した後がありました。

面白いことに、後半の体力が無くなって流すように鋸を前後に動かしただけでカットした部分はきれいになっていました。

教則本には、鋸の重さのみで切るとありました、本当に力を入れて切ってはいけないのですね。


荒れていた部分は500円で買った豆鉋で削りました。

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テーパーカットした部分は木端なので意外と簡単にイメージ通り削れました、逆目掘れもこのとき理解しました。

4本の脚を豆鉋で整えたら既に鉋台の台頭に深くヒビが入り壊れていました。

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足が当たっても痛くないように角を丸めて、紙やすりを番手を上げながら擦り今日はここまで・・・


散らかした茶の間をきれいに片付け、あらためて4本の脚を眺めました。

単なる木材の2×4材がつくえの脚に変身したその姿は、私には仏像のように心が宿っているように見えました。

お母さんと二人でやったあの果てしない作業は、今振り返って見ても生命を吹き込む「行」そのものでした。

『素敵だね。まあちゃんの仕事はマテだね』

と、お母さんが傍らで微笑みながら言いました。

私は子供の頃から家族やごく親しい仲間から「まあちゃん」と呼ばれていたので、お母さんも私のことを「まあちゃん」と呼んでくれます。

マテとは、丁寧の意で年寄りがよく使います。方言だと思うんですが、私たちは通常用いません。


ふと、お母さんがコンッ、コンッ、と小さく咳をしているのが気になりました。


とても小さく舞っていたおが屑を吸い込んでいたのだと思います。


この茶の間ではこれ以上は無理だなと深く反省しました。







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