家具雑貨工房 ki-kiru(きーきる)

木の家具や雑貨は見えない部分が肝心です。隠し事はありませんよ、全て公開しています。

 

お母さんのつくえ 18 

では、何から作ろうか。

ここは、私の家ではないので彼女の言うがまま…応えるほか選択肢はありません。
間髪入れず注文が入りました。

ハンガーラックです。

彼女は事前にネットで調べ、プリントアウトした写真を私に見せて「こんなのが欲しい」と言いました。
そのハンガーラックはフレームが全て木で出来ていて、底の部分だけ皮製でした。値段を見ると3万円と表示されていて、改めて『これは自分で作るしかないな』と思ったのです。

とはいっても、細いフレームを自分で加工する道具などありませんので、木を買った時そのお店でやって貰えばいいや・・・と安易に考えていました。

帯広のホームセンターなら立派な機械があって、それを使うプロがいる。そう思い、大小三本の丸棒と細長い板4本を買い、加工サービスコーナーへい行きました。
 熟練そうな年配の方に、ここをこんなふうにして欲しいとお願いし、その後店内をウロウロと徘徊。

頃合をみて、出来上がりを確認すると・・・

顎然です、頼んでおいた穴が3ミリほどズレていたのです。
その年配の方は『どうしてこんな事になったんだろう・・・』と言うのですが、別に謝る様子もなく加工の終わった材をただ眺めていました。

私はとくにやり直してもらう訳でもなく『いいです、別に』という感じで、二度と頼むまいと思いながら、お金を払いお店を後にしました。

皮の部分は知人から分けてもらう事にしました。
その方は、私が高校生の頃からお世話になっている人で、音響会社社長婦人のちづるさんです。
ちづるさんは数年前から〝工房L″という名でハンドバッグなどの革製品を作っていて、そこへお邪魔すると絨毯のように丸められた革がいつもたくさん立てかけられていました。
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事情を説明し、快諾を頂きました。

ちづるさんは私の無知を察して、革を丁度良いサイズに裁断して、糸を通す穴を空けてくれました。
更に、無いと困るだろうと、革細工用の縫い針と糸まで用意して戴き、何から何までお世話になり、ただただ恐縮です。
革材だけ頂き帰ってきたら、きっとどうしたら良いか私は困っていたでしょう。

終始、出来上がりのイメージを説明したのですが、どうやらあまり伝わらなかったようで、完成したら写真を送る約束をして感謝しながら広尾へ帰りました。

夕方帰宅。

材の加工は済んでいるので、すぐに組み立てです。 
分けて頂いた革も、ちづるさんのレクチャーのおかげで無事縫い付けることができました。

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わりと、すぐに出来あがりましたが、如何せんあのホームセンターの加工のせいもあり、少し傾きかげん・・・
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まあ、コレはこれでよしとしておきます。
私の彼女は結構、気に入っておりました。

 
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お母さんのつくえ 17 

『ようし、ここまでだね』

 3時になりました。予定通り荷物を運ぶのはひとまず終了、まだ細かい作業は残っていましたが、彼らが帰ってからやればいいのです。

『よし、これでいいはずだ』

 私はとりあえず、テレビの配線を済ませてスイッチを入れてすかさず、準備していたスポーツ新聞を広げます。 

『さあて、どうしようかなぁ』

 私たちは引越しの事はそっちのけで、テレビの競馬中継と新聞を見ながら、しかめっ面をして各々の希望的観測をつぶやくのです。
 


 白熱したゴール前の攻防を充分に堪能、一喜一憂し、この年のジャパンカップが終りましたが、一着で入線した馬が何か悪さをしたようで、なかなか確定(順位の決定)しませんでした。
 こういう場合、確定を待たされても順位がひっくり返ることが稀なので、私たちは早々にお開きとする事になりました。

 時間はまだ午後4時頃でしたが、彼らが会社に車を戻し、それぞれの自宅に着く頃にはとうに暗くなっているはず・・・
 それに今日はみんなで仲良くやりましたが、疲れていないわけが無い。何より、また明日から職場では上下関係が発生し、重労働を強いなければなりません。

『ありがとう、お疲れ様でした』

 私たちはK野さんとS田くんにそう言って手を振りました。
帯広へ向かう彼らが小さくなって消えてゆくのを見届けて、私たちはクルっと振り返り、
『よおし、続きだ!』と、気合をこめて、途方も無い感じの段ボールの山に向かいました。


 押入れなどに、なんとなくカテゴリ別に詰め込まれた衣類と、やり場が無く隅っこにとりあえず詰まれた段ボール箱は『いくらガンバっても簡単には片付かないね、ヘヘッ』とナメた目で見下しているようでしたが、如何せん私たちは結構いい歳で、体にそんなに鞭を打つわけにもいかないな、と妙な言い訳を自分に言い聞かせながら・・・
『そんなにナメたけりゃ、いくらでも舐めさせてやるよ。ペロペロ』と捨て台詞を吐くのでした。

 プシュッと缶ビールのフタを開け、晩酌・・・ 

 ドタバタと慌ただしく一日がおわり、私たちは良くやったと労い合いました。
大きくなった茶の間とそれぞれの部屋。間取りは以前より良いのですが、備え付けの収納は押入れのみ。
下駄箱も無いので、あらゆる物が自分の居場所がなく、落ち着く先を求めているようでした。

『いろいろと、家具が必要だね』

 私の出番だな、と思いました。

照明器具など新たに買い足したり、いろいろお金が飛んでいったので余分なお金なんてありません。

『じゃ、何から作ろうかな』








 

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お母さんのつくえ 16 

引越しは手際よく進んでいきました。

 新居への運搬は1.25トンのワゴン車がメインだったので4回くらい往復したでしょうか。

その何回目かに私が作ったテレビ台が運ばれたとき、私は少し自慢したくて『これオレが作ったんだ』と言ったのですがk野さんには聞こえなかった様子・・・

すぐさまS田くんにクルッと顔を向けると

S田くん 「あっ、わかります。そうだと思ってました。」
と、なんとも薄い返事が返ってきました。

そりゃそうでしょうよ、《十勝の木のうつわ》で有名なあの佐々木要さんのチョッとした弟子であり、まだ名が売れてない頃だったとはいえ、師のことを「カナメサン、カナメサン」と呼ぶほどの付き合い。
 
私のお粗末な日曜大工を見てどう感じるか手に取るように分かっていたのですが、正直ちょっとショックでした。

私にはいつも優しいS田君ですが、そのときだけは別人のように蔑んだ目で私を見るのです。

しかし、そんな事で落ち込んでなんかいられません。 なんとか気を取り直し荷物を運びます。


サイレンが鳴り昼飯の時間です、昼食はお寿司を取りました。

お寿司は、この頃開店して間もない《翼(つばさ)》と言う名のおすし屋さんから頂きました。

その寿司屋のご夫婦も私たちと同じ新参者でしたので、なんとなく仲間意識がはたらき、よく使っていたのです。

よおし、もう一分張り!

食事を終え、またドタバタと荷物を運びます。

すぐ頭の上をカモメが飛んでいました。

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お母さんのつくえ 15 

とんとん拍子で話が進み、引越しが決まりました。
業者を頼むとお金がかかるので、知人二人に頼むことにしました。

メンバーは、会社の仲間のK野さんとS田くんです。
二人は配送部門に属しているので、引越しの手伝いを頼むには打って付けなのでした。
車は会社の配送車を借りました。
ちゃんと総務部に報告し、お金を払って借りました。

その日は日曜日。
女傑ブエナビスタが降着で負けたジャパンカップの日でした。
広尾の彼女のマンションに、朝9時集合です。

私は前の晩に広尾に入ったのですが、彼女の部屋に上がってみると恐ろしいほどのダンボールの数。
家具などは殆ど無かったのに、いったいどこから出てきたのだろうと言う光景でした。

翌朝、時間通りにK野さんとS田くんがやってきました。

「おはようございます。これより始めますのでよろしくお願いします。」

貴重な休日を私たちの為に働いてくれて申し訳ないので、せめて気分よく終わらせたい…
と、考えていたのですが、のんびりやって遅くまで手伝わせるわけにもいきません、なんとか3時までに目途をつけなければ・・・

会社の配送車に、ダンボール箱が次々と積み込まれていきました。その際、以前から気になっていたものが目に留まりました。

健康器具です。

私の彼女は、一度手にした物を捨てられないタイプで、不要物が家に溜まり困っていました。
これはいい機会だと思って、私はS田くんに言いました。

私 「S田くん、これ持って行かないか。奥さん喜ぶんじゃないか?」

S田くん「はい、いただきます。」

私 「K野さん、これ要らない?」

K野さん「いいえ、要りません。」

私「S田くん、これも奥さんにどうだ?」

S田くん「はい、ありがとうございます。」


私は恨めしそうにそのやり取りを見つめる彼女の視線を感じました。

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お母さんのつくえ 14 

私の彼女も会社を休み、三人で町内の病院へ行きました。

事前にネットで調べておいたのですが、キノコを食べて食中毒になった場合その嘔吐物を病院へ持参した方が良い、との情報があちこちに出ていたので私たちはビニール袋にその嘔吐物を入れて先生に見せました。

すると担当の女医が『そんなもの持って来られても困ります』と言ったのです。

なんだか理不尽なものを感じたのですが、こういう事ってよくありますよね。

結局私たちが食べたのが毒キノコだったかどうか分からないまま帰って来たのですが、毒キノコでなくても食べ過ぎると消化不良を起こしゲェーゲェーとなるそうです・・・


大事をとってこの日は何もせず、ボヤッとして過ごす事にしました。

既に分かっていた事なのですが、茶の間で三人でボヤーっと、どことなく部屋中を見渡していると、改めて感じることがありました。
『この部屋、三人じゃ狭すぎるよな・・・』
もともと独身者用のような間取りだったこともあり、もう少し広くて部屋数もあるところへ引越ししないと精神衛生上よくないと思うようになっていました。

それから数日後、広尾町が公営マンションの入居者を募集していたので、とりあえず応募してみると‥‥
 なんと、アッサリ入居OKとの連絡を頂きました。
しかし、私の彼女は素直に喜べない様子。 訳を聞くと、今の大家さんに申し訳ないと考えていたのです。

私は余所者なのですが、そんな私も含めて我々は大変良くして頂いていたので、大家さんに対し引っ越しの旨を簡単には伝えられずにいたのです。

ですが背に腹は代えられないというか、なにせ町営マンションはバリアフリーだし家賃も割安です。
文字通り背に腹は代えられない状況でしたので、その事を大家さんに丁寧に話すと快く承諾してくださり、

「こんなに長く住んでくれて、ありがとう」

大家さんが私たちにそう言ってくれました。

私は、広尾町の人って、なんて良い人なんだと率直に思ったのでありました。

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お母さんのつくえ 13 

こんな事もあるんだな...

 欲していたら、あっさり得た。 短い人生の中でこんな事はなかなか起こらないだろう出来事でした。
 『神様、どうかお願いします...』と願ったところで、大概は叶わないものだと学習している私は、だから日々修練するんだ、という事を疑わず生きています。  でも運ってあるんですね。

 私たちはホクホク顔で帰りました。

自分で見つけたキノコなんぞ、恐ろしくてとても食べる気にはなりません。 ですが、地元の人が見つけたボリボリだし、なんせお母さんのお墨付き... 『ああ、今日はついている。』
 
 家に着くと早速下ごしらえ。 その後、茹でて大根おろしで和えました。

 当然、『おいしいね、おいしいね、』と言って食べます。


ところが数時間後、まず私の彼女が胃が痛いと言いだしました。彼女はもともと胃の調子がよくないので、あっ、また来たなと思ったのですが、なんだか私も怪しい感じ...

来ました、嘔吐下痢合戦です。彼女がやれば私がやり返す、果てしなく続く噴射の争い。
何を争っているかというと、どちらがたくさん噴射するか、ではなくトイレの奪い合いです。

それでも二人は愛し合っているので、許せる範囲で譲り合いをするのですが、トイレの順番を待っているときは非常に切ないもので、

『ねぇ、本当に愛しているんだよね』と確認したくなる気持ちを、もうそこまで来ているボリボリと一緒にゴクッ、と目をひん剥いて飲み込む始末。

ふと、お母さんの事が気になり、『お母さんはなんともないの?』と聞くと、

『私はなんともないよ、あんたたち大丈夫かい?』と言い,
そして『ゴクッ』と何かを飲み込んでいました。


そんなドタバタが日曜の夜から月曜の朝まで続き、当然私たちはギブアップです。
 朝一番に職場の上司 A曇部長に電話をしました。

『部長すみません、私キノコにやられまして、ゲェーゲェーですので今日は休ませて貰えないでしょうか?』
 
 

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お母さんのつくえ 12 

季節は秋になり山菜のシーズンとなりました。
彼女のマンションの敷地の中に大家さんが道楽で作った菜園がありました。
鹿除けの為、高い柵があり、その中で大家さん夫婦が野良仕事をしています。
ピンポーンと部屋のベルが鳴り、大家さんがまさに取れたての野菜を各戸に配りました。
 よそでは考えられない風景ですよね。
ズッキーニとほうれん草だったと思います。他にも何かあったような気がするのですが、なんせ、その新鮮さばかりが強烈に頭の中に残っていて、他のそれが何だったのかあまり記憶にないのです。

取れたての物は何でもおいしい‥‥

すっかりインプットしてしまいました。

 彼女の住んでいるマンションのすぐ下に[ラッコ川]
と言う川がが流れているんです。そこは春になると山女魚の絶好のポイントがいくらでもあって、その筋の人には超有名な川なのでした。

 季節は秋なので、「そろそろアメマスなんか上がってるんじゃないのぉ」
と、ルアーを投げてみると‥‥

 入れ食いでした。

期待はしていたんですが、まさかホントに、一投目しかも40cm位の良型。
 場を荒らしたくなかったので、二匹だけキープしました。

 
 彼女が傍らで「あっ、あった」と言ってミツバを摘んでいました。

 「なんか食べれそうなキノコないかな」と今度はキノコ狩り‥‥

と思ったのですが、私たちはキノコの素人。危険極まりない。
誰か分かる人はいないかと考えてみると‥‥

 居ました!お母さんです。

その場所はお母さんにはとてもハードな所なので、私たちは場所を変えて天馬街道へ行きました。

 でも無いんですよね、いい場所が。
しばらく車を走らせるとコーヒーが飲める館が現れました。
 私の彼女はコーヒーが大好きで、ちょっと一杯、と言ってその館に入ると、

店主がいきなり、「今朝そこの木の下にボリボリが出ていたから、良かったら採って行きなさい」と言うのです。

 おおっ、棚からぼた餅ではないか、と私たちはほくそ笑んでしまいました。 
 

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お母さんのつくえ 11 

申し訳ありませんが、お母さんのつくえ 11は、作者都合のため公開を中止させて頂きます。
 




 
 

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お母さんのつくえ 10 

部下のS田くんのカミングアウトが、私と彼の絆をいっそう深くしました。

社内では仕事上の付き合いのみ、といったドライな人間関係が多い中、同じような趣味を持つ同人の存在が、単調に流れる職場の空気を変えてくれるような気がしました。

S田くんとは、もう一つ同じ楽しみがあります。 それは競馬です。 私とS田くんともう一人、K野さんという人がいるのですが、私たちはこの三人でCLUB競馬のような事をしているのです。

K野さんも職場では私の部下なのですが、競馬のほうは大先輩で、もう既に何かを超越してしまったような馬券の買い方をする人で、私たちはK野さんの競馬予想を予め伺ってから、馬券の買い方を考えたりしていました。
 以前、K野さんと私は新入社員として入ってきたS田くんに『すばらしい世界があるんだ、』と言って、ダークサイドに引き込んだのであります・・・

 いくつかの共通項を持つ私たちは、いろいろな話をする中で、K野さんのお母さんが病で倒れ、数年前から病院で寝たきり状態だと言う事を知りました。
 近くに頼れる人がいない為、K野さんは仕事が早く終わると、毎日お母さんの様子を診に行っているそうです。

 『みんな、たいへんなんだな・・・』

 私自身の両親も例外ではなく、父は心臓に重い持病があり、またつい先日脳梗塞で市内の病院に運ばれたばかり、そして母は痴呆の入り口に入っていました。
 なんか寂しいけれど、親の面倒を診ることが特別な事ではない、私たちはそういう歳になったのだと、自分に言い聞かせるほかありませんでした。

 
 私の彼女は会社務めをしながら、お母さんの面倒をよくみます。お母さんが体をかゆがるので毎日おふろに入れてあげていました。
 夏だったせいもありますが、お母さんが人工透析患者でもあった事が原因のようでした。

 人工透析をするとなぜ体がかゆくなるのか、私には分かりませんが、それよりもっと気になる事がありました。

 人工透析患者は痴呆になる人が多いんだそうです。





 
 

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お母さんのつくえ 9 

私の為にお母さんがマフラーを編んでいる‥‥‥

 少し、期待していたのですが、実際そう言われると照れ臭いもので、かなりハニカミながら、
 「お母さん、ありがとう」と言いそして、ガンバってと思わずにいられませんでした。
 でもなぜ、かなりハニカんだかというと、『仕上がりはどんな感じなんだろう』とか、『もし、何かの都合で他のマフラーをしているところをお母さんに見られたら・・・』とか、一瞬のあいだに いろいろ考えてしまって、ハニカミというか、半笑いというか、苦笑いのような感じで‥‥つまり、そうするほかなかったのです。

 そんなある日、私は

 『いい家具を作るには、まず木を真っ直ぐ切れないとダメなんだよなぁ・・・』と眉間にしわを寄せて悩んでいました。
  実に当たり前の事ですが、私にとって正確に直線を出すと言う事が第一の難関でした。
 木を真っ直ぐ切るためには、直線切り治具(定規)が無くてはならないのですが、まずその治具を作るには 
 完全に真っ直ぐな板が必要なのです。
 お金をジャブジャブと費やせばなんてことないんですが、田舎の中小企業に勤める私の給料では、そんな事はできません。
 
 何か適当な材はないかとホームセンターを物色していると‥‥ありました、木の端材コーナーです。
 ほどよく長くて、そこそこ直線のでているやつを一本買いました、50円だったでしょうか。
 
  私はそんなつまらない事を誰かに自慢したくて、私の会社の部下のS田くんを呼び止めました。

 私 : 『S田くん、オレ昨日ホームセンターへ行ったらさぁ、木の端材コーナーってのがあってさぁ』
     と、まだ話が終わらないうちに。
S田くん : 『あっ、知ってますよそれ、オレこの間もらってきました。こんなやつです。』
  私     『ん?もらってきたって、おまえあれ買うやつだぞぉ』
S田くん : 『エゥっ、 あれ買うんですか? 売り物なんですかぁ?』
 
         S田くんは万引きをしていました・・・
 
   万引きのことはヨッコして、なぜ彼が木をもらって来たかというと、なんと彼はスプーンやフォークやお皿なんかを 自分で削って作るのだというのです。
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        『そんなやつ、いたんだぁ・・・』 仲間だな、と思いました。
 
S田君は佐々木要さんという、当時売れない木工家の方に師事したことがあり、今では自分の家で使う食器などを 奥さんといっしょに自作している・・・そんな羨ましい木工ライフをしている人だったのです。

 私は、なんだか嬉しくなって『なんだ仲間じゃないかぁ』と背中のあたりをナデナデしながらS田くんの顔を見つめました。

S田くん : 『キモチ悪いからヤメテください、課長!』

 

  
 

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